3. きみてらす(対 ベートーベン交響曲第三番「英雄」)『黒男』から一転して、優しさと切なさが込み入った囁きのような歌声から始まる、『きみてらす』。音楽と共に無邪気に戯れるワルツのような楽曲だ。
“遊ぼうよ、ベートーベンとボナパルト…。”
このボナパルトとは、あのナポレオンのことである。ナポレオンと言えば、フランス革命だ。フランス革命と言えば「自由・平等・博愛」だ。「博愛」と言えば……。そんな繋がりを、改めて確認出来る楽曲でもある。交響曲第三番「英雄」は、ベートーベンがナポレオンをモデルに創った作品である。しかし、フランス革命後に皇帝に即位したナポレオンに対し、ベートーベンが激怒したという逸話も残っている。傲慢な権力者を心から忌み嫌うベートーベン故に、である。そんな2人を敢えて寄り添うように召喚し、“遊ぼうよ…”と歌う。それほどまでに、この曲には、全てを赦し、暖く慈愛に満ちた感覚をもたらしているのだ。どうあれ、こうあれ。音楽には罪はない、と言わんばかりのように…。
そして、中村一義は、『対音楽』という命題を自ら掲げることによって、様々な「対〜」をこの作品にて開陳している。その中でも、どうしても避けて通れない、「対自分」ということを、明け透けに表現している。
“あなたを照らすために僕は産まれた。”
“だから今、ここにいるんだ。”
こんなことを言える人間なんているか?ましてや、中村一義というあらゆる苦悩や状況に裂かれて人生を狂わされた表現者が、こんなにも、シンプルに、本当の言葉で、はっきりと歌えるなんて…。1stアルバム『金字塔』収録曲、『ここにいる』で、綴られた、“今、ここにいる”という言葉を超えた歌詞だ。そんな彼は、続けて、僕らに向けては、こうも、歌う。
“あなたは笑うためにここに産まれた”
“だから今、ここにいる。”
そして、最後に、彼は、こう、歌うのだ。
“産み落とされた理由、知りたくねえし、ただ、ウゼぇ”
“今日を生きてる理由、僕らは生きるからだ。”
この1曲だけでも、もっと伝えたいことが山ほどある。いや、伝えたいことと言うか、聴けば伝わる素晴らしい言葉と音楽が、たっぷりと隙間無く、存在しているのだ。この、圧倒的な音楽の力を目の当たりにして、自らの語彙力の無さと言葉で伝える技量の無さを感じてしまう…。